横浜 三渓園

 明治時代から大正時代にかけて製糸・生糸貿易で財をなした横浜の実業家・原三渓(本名 富太郎)が東京湾に面したこの地本牧の「三之谷」という谷間の地に造り上げた日本式の庭園(広さ約175,000m2)です。

三渓園は美術・文学・茶の湯など近代日本文化の一端を育んだ場所で、平成19年には国の名勝に指定され、庭園全域も文化財として位置づけられている。

明治39年(1906年)、一般に向けて公開され、外苑は京都・燈明寺から移設された室町時代の建築・三重塔がランドマークとして配され、ウメ・サクラ・ハナショウブ・ハスなど、四季折々の花を中心に楽しめ、観光以外にスケッチに解放感を味わえゆったりと描くことできます。


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